パワプロ村

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三宅秀史(阪神)【パワナンバー・パワプロ2018】

三宅 秀史(みやけ ひでし、1934年4月5日 - )

岡山県立南海高等学校‐阪神 (53~67)

1958年成績.269 21本塁打 48打点

長嶋より上手かった三塁手

阪神の往年の名サード。率は低いもののパンチ力のある打撃で、思い切りのいいスイングによる鋭い打球は一級品だったが特筆すべきは守備。守備の実力は日本球界でもトップクラス。そのプレーは、簡単な打球処理でもファインプレーにみせる長嶋茂雄に対し、難しい打球処理の際にもダイビングキャッチなどをせずに全て正面で捕ったといわれる[4]。基本に忠実なプレーが身上で、スローイングもオーバースローで正確に送球する上に、かなりの強肩。
派手さはないが、どんなに高度な打球処理もファインプレーに見せない堅実な守備は、巨人でもあった水原茂が「三宅の守備に比べたら長嶋のそれは素人」と評された。

三宅と共に阪神のレギュラーとして活躍した吉田義男(遊撃手)と鎌田実(二塁手)も守備の名手として知られており、鎌田、三宅、吉田の三人による二三遊間はまさに鉄壁で、「日本球界最高の守備陣」といわれ「試合前のシートノックだけで金が取れる」と評されていた。

62年9月5日まで、882試合連続出場と700試合連続全イニング出場の記録を継続していたが翌9月6日の試合前、センター側でキャッチボールをしていた小山正明の送球が山本哲也のミットを大きく逸れ、その球を左眼に受けた。

この事故で、三宅は虹彩分離の重傷を負い、そのため1.5あった視力が0.1にまで低下。これが選手生命を絶たれる原因となり以降、目立った活躍はできなかった。。

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[査定について] 

1 チャンスE 

主軸にしては打点がね・・・ 

後はそれらしく 

 

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