津田 恒実(つだ つねみ、1960年8月1日 - 1993 年7月20日)
南陽工業-協和醗酵-広島(82〜91)
1989年成績 12勝5敗 28S 防御率1.63
82年に入団すると先発として活躍し、新人王を獲得。その後、肩などを故障し低迷するも86年、抑えの投手に転向すると剛速球のストッパーとして復活。チームを優勝に導き、カムバック賞を受賞。かの有名な原の手を粉砕したのはこの年。
88年はサヨナラ負けを繰り返し「サヨナラの津田」と揶揄されたが翌89年は12試合連続セープポイントを記録するなど復活し、最優秀救援投手賞を受賞。しかし2年後に脳腫瘍のため引退。93年、満32歳の若さで死去。
打たれても、打たれても闘志むき出しに直球で勝負する姿から「炎のストッパー」と呼ばれ、その勇姿は今尚語り継がれている。
[査定について]
・カメハ師匠や、おじさんなどへのリスペクトを込めつつ独自要素
・球速安定は一応長冨との差別化で付けてません
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