
山本 功児(やまもと こうじ、1951年12月25日 - 2016年4月23日)
三田学園-法政大-本田技研鈴鹿-巨人(76~83)-ロッテ(84~88)
ニセこうじ、9年目の春
広島の偉人山本浩二と同音の姓名であることからニセこうじと呼ばれる。
レギュラー格の力がありながらも、巨人時代は王貞治や中畑清といった実力と人気で球史に残る名選手の控えから抜け出せず、
代打の切り札や守備固めと出番はやや限定的であった。
成績も徐々に落ちてきた中でロッテにトレードで移籍すると心機一転得意のミート打法が逆にパの水に合ったのか、
プロ9年目にして初の規定到達、打率3割もマークしロッテの主軸打者となった。
また、元から芸術的と評されていた一塁守備も2年連続ダイヤモンドグラブ賞を受賞するなど呼び声に合う実績も手に入れている。
引退後はロッテの監督に。本来は穏やかな性格だったそうだが、
監督になってからは湯沸かし器に。コーチとの軋轢もあって評判はそこまでよくなかった。



パワナンバー 11600 31149 13474
査定について
・巨人あるある
駒田や秋広()など巨人出身の長身打者はなぜか長打を捨てる(駒田は十分だと思うがさておき)が山本功児もその1人
・走力
→かなりの鈍足。4盗塁しているじゃんと言われそうだが、時代としか
・対左G
→対右.324(373-121)10本
→対左.143(56-8)
翌年はよく打ったそうだが...
・プルヒッター
→ミート打法だがあくまで打球は右方向に飛ぶ
→翌85年の最多併殺の一因に?
・ローボールヒッター
→低めを拾う打撃が持ち味
・満塁男
→巨人時代通算打率.351、ロッテ移籍後も打率.432。84年は.364
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