
小田 義人(おだ よしひと、1947年5月22日 - 2018年6月5日)
静岡高-早稲田大-大昭和製紙-ヤクルト(73~74)-日ハム(75~77)-南海(78~81)-近鉄(82~83)
眼鏡の名一塁手
全日本の4番として活躍しドラ2でヤクルトへ。
荒川堯と共に看板打者への期待されるも振るわず、
大杉勝男獲得の対価として日本ハムへ内田順三と共に2年でトレード。
ここで肩の開きを抑える特訓に取り組み打撃が開眼。
東映カラーを一掃する再建期中のチームで3年間レギュラーとして活躍。
特に移籍1年目は6月頃から状態を上げ4番に定着、
首位打者を6毛差で逃したがリーグ2位の打率.319(.3187)をマークしている。
77年オフには柏原とのトレード騒動に巻き込まれ南海に移籍、
後に近鉄とパの在阪球団でプレーした。
引退後はヤクルトのコーチやスカウトを歴任する。



パワナンバー 11100 01640 41628
査定について
・アレコレ
恐らく誰も作ってなかった選手の1人。
ヤクルトを退団後すぐ逝去されたのもあって情報が少なかったけど...頑張ったよ
・対左C
→対右.306(337-103)13本 対左.378(74-28)3本
→近鉄の看板サウスポーである鈴木啓には(29-13)とよく打ったが...
→もう1人の看板である神部には(7-0)と封じ込められたのが響く
・プルヒッター 併殺
→右手が強すぎて左手を早く引いてしまう悪癖=肩の開きが早い
→方向の内訳は本塁打(左14 中1 右1)安打(左44 中28 右24)
→併殺数がワースト1位の17、翌年も15とかなり多いのも頷ける
・内野安打〇
→内野安打19(遊13 三4 二1 投1)
→当たり前だが三遊間が多く先述のプルヒッターとの相関にあるか?
→中学時代は俊足で県大会でも上位の記録(100m 11.7秒)
・初球〇 固め打ち○
→これらはフリースインガー要素
→元から早打ちだが、首位打者を意識するようになってからいっそう拍車がかかったという
→猛打賞は8回とこの手にしては少ないと思いきや4安打が3回
・満塁男
→プロ初本塁打が満塁。ここはヤクルト時代の名残を意識して
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