
清家 政和(せいけ まさかず、1959年10月7日 - )
柳川商業-阪神(78~82)-西武(83~90)-ヤクルト(91~92)
ライオンズの玉三郎
石毛の後釜を田辺と争った、ライオンズの玉三郎。
元は阪神でプロ入り、後にトレードでやってきた外様選手。
移籍後も暫くは正遊撃手候補として2軍で積極的に器用されるも当時の壁は厚く。
石毛が三塁手にコンバートされた87年から田辺と遊撃手を争うことに。
当初は田辺が重宝されていたが同年の後半から翌88年までは守備に長けた清家が逆転。
89年以降は田辺の成長や自身の怪我もあり1軍での出場は中々得られなかった。
1軍通算1本塁打の打力がネックとなったが、
公式戦で放つ前の、87年日本シリーズで水野から本塁打を放ち10年目の初アーチとして話題に。
ちなみに全くのパワーレスだった訳ではなく2軍で二桁本塁打を放った年もある。



パワナンバー 11000 81695 17632
査定について
・アレコレ
2軍では通算62本塁打と強打者の部類。打率はそこまでだが
西武黄金期の1980年代後半に、田辺徳雄と熾烈なショートのレギュラー争いを演じたのが清家政和。
— mc189 (@stepbystep055) 2025年5月15日
「打力の田辺、守備力の清家」で打撃は非力なイメージがあったが、二軍の成績を見ると印象が変わる。
森祇晶、野村克也の両監督の下でプレーした選手の1人。#二軍記録集 #清家政和 pic.twitter.com/HkNFVM8CKF
1軍と2軍で選手スタイルがここまで違うのは珍しく所謂帝王タイプ査定がしづらい
黄金期の西武で試合に出るために犠牲にした部分があったのか
・パワー 意外性
→2軍での長打力を意外性で再現する形で逃げました
→87年日本シリーズでのHRは10年目のミラクルとか言われてたから...
・対左C
→対右.183(126-23) 対左.218(55-12)1本
・固め打ち
→猛打賞が多いのはWikiを見れば何となく分かるが、それ以外だと5安打の固め打ちを86年にやってのけている
→86年はシーズンで8安打なだけに余計ね
・内野安打〇
→88年は1本限り。元からそこまでの俊足ではないようだ
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