仰木 彬(おおぎ あきら、1935年4月29日 - 2005年12月15 日)
東築高等学校-西鉄(54〜67)
1955年成績.235 15本塁打 39打点
現役時代は西鉄野武士軍団のいぶし銀として活躍。パンチ力はある選手だったが、本人が大の遊び好きであった事もあり常に低打率で成績的には一流選手とは言えなかった。
仰木が名を馳せたのは引退後。近鉄の名コーチャーとして西本政権を支えた後、近鉄の監督に就任。盟友中西太と共に個性派揃いの近鉄をまとめ上げ、黄金時代真っ最中の西武に立ち向かい数多くの名勝負を繰り広げた。
近鉄の監督退団後はオリックスの監督に。一部を除けば突出した選手がいなかったオリックスを全員野球、所謂"仰木マジック"で2度のリーグ優勝、96年の日本一に導いた。
その後も常にAクラス入りを果たすなど賛否(主に投手起用)あれど今日では"名将"と評されており、仰木を慕う選手は数多く存在する。
[査定について]
ぶっちゃけ監督用に付けた得能が多いのでアレですね
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