
高沢 秀昭(たかざわ ひであき、1958年9月10日 - )
苫小牧工業-王子製紙苫小牧-ロッテ(79~89)-広島(90~91)-ロッテ(91~92)
異色な誠実漢
80年代後半を代表する5ツールプレイヤー。地味だが。
走攻守全てにおいてチームの核ともよべる存在。地味だが。
最大にして唯一の欠点は怪我の多さ。常に何かしらの怪我を抱えながらのプレーを強いられた。
しかし高い実力は言うまでもなく88年は開幕こそ不調も5月以降状態を上げ松永とのデッドヒートの末に首位打者に。四球合戦はさておき全球団に打率3割以上と高沢の内容にはケチの付け様がない。
10.19の第2試合では首位打者を実質確定させた後の打席で阿波野から同点に追いつく本塁打を放ち名場面に花を添えた。
練習熱心で楽器が趣味というプロ野球選手らしからぬ誠実漢で歩く墓石とチームメイトから呼ばれたり。



パワナンバー 11400 31232 78357
査定について
・アレコレ
→この年がピーク、謙遜もあるが本人の「ラッキーが重なっただけ」という言葉も踏まえ特能は抑えめ
・パワー
→打球速度や角度に目を見張るものはないが、内外野の間にポテンを量産できそうなパワーで調整
→後述のプルヒッターも含め
・守備力
→当時の解説者が軒並み絶賛する動き。特に一歩目、打球反応に優れていたという
・対左B
→対右.307(381‐117)11本
→対左.402(102‐41)3本
→1番カモにしたのが阿波野という運命。打率.556(18‐10)2本
・プルヒッター
→当時の週べのコラム的には右方向への意識なんてのも書いてあったが打球方向は左中心
左安48,中安45,右安27 内安20
左本14
※4安打分不明...
・内野安打〇
→内野安打20本のうちセーフティバントで稼いだのが7本
→首位打者の松永は1本であったため、バントで首位打者を獲ったといっていい
→右打者がしっかり引っ張ったからこそ内野安打も稼げた訳で
・バント〇
→名手。この年も失敗は1だけなので職人でいいが...ゲーム的にね
・リクエスト案件でした
パワーDのプルヒッター高沢が作れて満足じゃ
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